インバウンド観光の切り札は地方にあり
「自然大国」日本を訴求するために 赤穂 雄磨さん

インバウンド観光の切り札は地方にあり 「自然大国」日本を訴求するために 赤穂 雄磨さん

都会のど真ん中浅草で、訪日旅行者向けの「キャンプ場」の設立を目指す赤穂さん。30歳で仕事を辞めて踏み出した、骨を埋めてもいいと思えた、「本当にやりたいこと」とは。お話を伺いました。

「国外に目を向けよ」

私は東京で生まれ、9歳の時に千葉県の松戸市に引っ越しました。小さな頃から、勉強など、「やること」をしっかりとやっていれば、好きにさせて欲しいと思っていて、学校の先生からは協調性がないと言われていましたね。

中学校まではサッカーをしていたのですが、高校ではもう少し緩い部活に入りたいと思い、ハイキング部に入ることにしました。毎月1回ほど山に登り、夏は合宿。冬は山には登らずにトレーニングをする環境でした。山の上からの眺めは素晴らしく、その景色を見るのが好きでした。

高校3年生の時、英語の先生から「これからのグローバル社会では、まずアジアを知らねばならない」と言われ、下川裕治さんのバックパック旅を綴った本を紹介されました。この本は衝撃的でした。それまで海外に行ったことが無かった私には、何もかもが新鮮に映ったんです。そして、全てが面白そうだと感じ、海外に強く興味を惹かれるようになりました。

ただ、具体的にはやりたいことがなかったので、とりあえず入学後に専門を選べる日本の大学に進もうと考えていました。しかし、推薦で受験した国立大学が不合格になってしまいました。この時、「これは運命だ」と感じ、一転して海外の大学に進むことを決めたんです。

アジア全体のことを学びたかったこともあり、場所はアジア太平洋研究が盛んだったオーストラリアにしました。そして、1年程、留学準備のための語学学校に通い、19歳の時にオーストラリアに発ちました。多少不安もありましたが、それよりも楽しみでドキドキしていましたね。

旅の魅力に取りつかれる

初めての海外は、日本との人口密度の違いに驚きましたね。都会でも日本とは全然違い、これがオーストラリアなのかと。

元々はアジアのことを学ぼうと思っていたのですが、大学選びの時に「文化遺産研究学」という学問に惹かれ、北部にあるジェームス・クック大学に通っていました。ただ、思っていた学問とは少し違い、あまり面白いとは感じられませんでしたね。それでも単位を落とすわけにはいかないので、常日頃から授業の準備はしていき、大変な課題をクリアすることで自信はつきました。

オーストラリアJames Cook大学卒業時

オーストラリアJames Cook大学卒業時

長期休みにはバックパックを背負い、アジア諸国を旅していました。初めて行ったのは、ベトナムのホーチミンでした。ついた矢先にタクシーでボラれ、「これがアジアか」と思いましたね。それでも、見るもの触れるもの全てが衝撃的で、楽しかったです。

また、ゲストハウスでは人の繋がりを感じることができました。一緒に泊まっている人との交流はもちろん、ゲストハウスに必ずある「旅ノート」が好きでした。旅人がそれまでに回った場所の情報などを書いてくれていて、非常に役立つ情報があり、旅を助けてくれるんです。

パキスタンのゲストハウス

そうやって「非日常」を体験できる旅の魅力に取りつかれていたので、大学卒業後も海外をふらふらできる仕事に就きたいと考えていました。ただ、海外に出たことで、日本への愛着は強くなっていたので、軸足は日本に置きたいとも思っていました。

そして、日本で留学生向けの就活フェアに行った時に出会った、これから海外進出をしようとしていた消費者金融業の会社に入社することにしました。

仕事をする理由、本当に社会に貢献できているのか

入社して1年程現場での仕事をした後は、希望通りに海外進出のための仕事をさせてもらうことができました。そのため、アジア各国に長期出張し、現地での市場可能性を調査するようになりました。

ビジネスで海外に行くと、学生時代の安宿とは違い、セキュリティや食事もしっかりとしていて、それまでとは違う海外の一面を知ることができましたね。

また、休日には個人的な旅行もしていました。すると、どこの国もうまく観光業が回っていると感じました。空港からホテルまで迷わずに行けるし、英語圏でなくとも英語が通じるし、simカードを買えばすぐに現地で携帯電話が使える。また、どこかに観光に行きたいと思えば、泊まっているゲストハウスで申し込んだり、迎えに来てもらうこともできる。

その姿を見た時、日本ならもっとできるだろうと感じてしまったんです。駐在していた香港などは「都市部」しかないのにあれだけ稼げるのであれば、「自然豊かな地方部」のある日本なら、もっと観光業は伸びるだろうと。

私自身、社会人になってから登山を再開していたので、日本の自然の素晴らしさや、登山インフラが整っている現状は目の当たりにしていました。しかし、日本は国土の約7割は森林山地地帯の自然大国であるにもかかわらず、それらの自然地域の情報は訪日旅行者向けには存在しないので、とても「もったいない」と常々感じていました。

大学院時代の大雪山登山

大学院時代の大雪山登山

また、数年働き続けるうちに、一生この仕事を続けるのか、疑問も持ち始めていました。待遇も環境も不満はありませんでした。ただ私の仕事は基本的に法人が相手だったので、実際にサービスを利用して、喜んでくれるお客さんの姿は見えず、本当に仕事を通じて社会に貢献できているのか分からなかったのです。

あらゆる事業・仕事の存在理由が、「世の中を良くするため」ならば、自分が最も世の中に貢献できる分野は何か。骨を埋めても良いと思えることは何か。自問自答した結果が、ライフワークとも呼べる観光や旅行でした。

訪日旅行者を自然豊かな地方部へいざなうために

そこで、将来、独立して観光に携わる事業を興したいと考え、ビジネスか観光について勉強したいという気持ちを抱くようになっていきました。そして、駐在中、日本に一時帰国したタイミングで、観光学に力を入れていた北海道大学の大学院試験を受けると、合格することができたんです。

「これは運命だ」と思い、30歳で会社を辞めることに決めました。

大学院卒業後は独立することも決めていました。ゲストハウスに旅行業を付帯させ、自然豊かな地方部にワンストップで行ってもらえる場所にしようと。

そして、大学院では、自然資源の代表格である国立公園を対象にマーケティングを活用した観光利用ができるか研究することにしました。海外では、国立公園を重要な観光資源として活用していました。ところが、日本では、自然保全の観点から国が介入しているものの、観光のためにほとんど活かされていないことが分かりました。国立公園を観光面から紹介するようなメディアもありませんでした。

そもそも、日本の観光立国宣言の背景には、人口減少による地方の消費減退・経済縮小を、旅行消費額の大きい訪日旅行者で補完する目的がありました。そのことを知り、自分が今まで推してきた自然地域が、その課題を克服するための重要な観光資源であるという想いを強くしました。地方創生が日本のテーマに掲げられるようなった今、彼らを自然地域に送客することが観光を用いた最大の「社会貢献」であると。その想いを具現化するため卒業後、ゲストハウスの開業に動き始めました。

訪日旅行者に、国内各地の自然地域にどうやって行ってもらうかが課題だったので、開業場所は彼らの集まる浅草で探していました。ただ、法律の縛りなどもあり、今の自分の資本では、適した物件を見つけることは難しいことが分かってきました。

アウトドア用品が揃う店内

アウトドア用品が揃う店内

そこで、他の方法でどうしたら地方に旅行者を送客できるか考えた結果「アウトドア用品」を窓口に地方へいざなおうという答えにたどり着きました。アウトドア好きの人に来てもらい、その時に日本各地の自然地域の案内をすることで、実際に地方まで足を運んでもらおうと。

また、どこに旅するかゆっくりと考えられる場所も必要だと、カフェスペースも併設しようと考え、それなら日本らしく日本茶を出すことに決め、さらに伝統工芸品を置こうと、コンセプトは固まってきました。

東京のど真ん中でキャンプ場を

そして、2015年2月、「日本」のアンテナショップとして、浅草に「Japonica Lodge(ジャポニカロッジ)」をオープンしました。アウトドア用品や日本の伝統工芸品の販売を行いつつ、日本茶を提供するカフェを併設しています。

「Japonica Lodge」店舗外観

「Japonica Lodge」店舗外観

店舗内の日本茶カフェ

店舗内の日本茶カフェ

また、元々作ろうと思いつつオープンには間に合わなかった、宿泊施設としての「キャンプ場」をお店の中に作ろうとしています。そうすることで、アウトドア好きの人に集まってもらうことができると考えています。

宿泊スペース

宿泊スペース

宿泊スペース

さらに、その人たちに日本の地方にあるアウトドアスポットを教えたり、お店で販売している日本のアウトドア用品を体験してもらえればと考えています。日本のアウトドア用品はあまり海外進出していないのですが、質は高いので、実際に使ってもらい、その魅力を伝えていけたらと。

日本の各地の旅行商品を販売していくための旅行業も、順次始めていければと考えています。日本のアウトドアフィールドの多くは、アクセスも良く、楽しむためのインフラも整っているので、あとは海外の人に向けて「旅ノート」を用意してあげるだけなんです。

さらに、国立公園を紹介するためのメディアも作りたいと考えています。海外ではうまく国立公園を観光資源として利用しているので、参考にしていきたいですね。

これまで、日本といえば、食や文化、またはアニメなどのサブカルチャーのイメージが先行してきました。これからは、多くのお客様に日本の美しい自然地域を体験してもらい、日本といえば「自然大国」となるように訴求していきたいと思います。

akahotext

another life記事提供元:インバウンド観光の切り札は地方にあり。「自然大国」日本を訴求するために。
アナザーライフ作成日:2015年09月08日
https://an-life.jp/article/649

1981年生まれ。北海道大学大学院卒(観光学修士)。

2000年、渡豪しJames Cook大学に入学。同時にバックパッカーになり、夏休みを利用してアジアを中心に放浪する。

2004年、大学を卒業後、日本に帰国し一般企業に就職。休日に久々に登った山で高校時代の部活だった登山への情熱に再び目覚める。

2005年、インドネシアへの長期出張を皮切りに、タイやマレーシアなど東南アジア諸国を中心に海外畑を歩むことになる。ここから2009年まで、会社の夏休みを利用して海外各地を旅行。日本に居るときは登山をするなど、学生時代と変わらずザックを背負い続ける。

2010年、香港へ駐在となる。小さな国ながら、インバウンド観光客が日本よりも多いという事実(当時)に嫉妬を感じる。「都市の魅力だけでなく自然も豊かな日本ならもっと観光促進ができるはず!」と想い始める。

2012年、想いをこじらせ、退社。帰国し北海道大学の観光系大学院に入学。日本の山岳地域(特に国立公園)をマーケティングの手法を活用して売り出し、インバウンド観光をさらに促進できないかという研究に没頭。2014年、総代で卒業し、起業準備へ。

2015年、合同会社観光創造ラボを設立し、浅草駅前に開店した観光体験推進施設「Japonica Lodge」を通して、自然豊かな日本の地方部の魅力を伝え、さらに多くの旅行者を自然地域へ送り出すことをテーマに各種事業を展開中。

合同会社観光創造ラボ 代表社員

取材・文・撮影/another life.編集チーム

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