世界の課題解決にも、地方創生にも寄与する“革命的新素材LIMEX”とともに描く未来
いいね!JAPAN編集長 小田実 × 株式会社TBM代表取締役社長 山﨑敦義

世界の課題解決にも、地方創生にも寄与する“革命的新素材LIMEX”とともに描く未来いいね!JAPAN編集長 小田実 × 株式会社TBM代表取締役社長 山﨑敦義

石灰石を主原料として紙やプラスチック製品を作る革命的新素材「LIMEX(ライメックス)」を手がけている株式会社TBM代表取締役社長山﨑敦義氏に、グローバルへの挑戦や地方への貢献、組織論まで幅広いお話を伺いました。

小田 まずはLIMEX(ライメックス)についてお伺いしたいと思います。石灰から紙やプラスチックが作られるということで“革命的新素材”と言われておりますが、どのような素材か教えて下さい。

山崎 2008年台湾製のストーンペーパーの輸入販売から始めたんですが、2010年に自社で技術開発を開始し、研究を重ね2011年に新世代ストーンペーパーとして誕生したのが「LIMEX」です。LIME STONE(石灰石)+X(未知数とか化けるという意味がある文字)を合わせてLIMEXというネーミングにしました。

小田 LIMEXは木も水も使わずに作られた紙の新素材ということですが、これは本当に革命的ですね。地球上の森林資源、水資源を保全できるということですから。

山崎 さらにLIMEXはプラスチック代替として展開することも可能になりましたから、石油資源への貢献もできます。世界の紙の5%がLIMEXに置き換わると2.2億人の生活必要水量に相当するという計算が成り立つんです。

森林や水を守るエコロジーの観点もありますが、世界の水不足の地域でも紙を作る工場が建てられる。輸入に頼っていた紙が自国生産でき、雇用も創出できるというエコノミーの観点でも世界に貢献できると思います。

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小田 もう世界に目がいってますね!そういえば山﨑社長と初めてお会いしたのはイタリアのミラノ国際博覧会ジャパンデーのレセプションパーティでした。LIMEXは日本館のポスターや紙袋、子ども向けのスタンプラリーカードなどに採用されていましたね。

山崎 ミラノでは共通の知人がLINEで初対面の二人をつなぐという、まさに運命的な出会いでしたね(笑)。その時はミラノ国際博覧会日本館の協賛が決まり、LIMEXを日本から世界に届ける使命感みたいな感じがありました。

左)ミラノ国際博覧会日本館ポスター、紙袋、スタンプラリーカード 右)ミラノ国際博覧会ジャパンデーレセプションパーティ

左)ミラノ国際博覧会日本館ポスター、紙袋、スタンプラリーカード
右)ミラノ国際博覧会ジャパンデーレセプションパーティ

ミラノ国際博覧会日本館協賛社ボード

ミラノ国際博覧会日本館協賛社ボード

小田 山﨑社長は海外に行かれる機会も多いと思いますが、海外で「日本はやっぱりいいな」と実感したり、海外で不便を感じたりといったことはありますか?

山﨑 海外に行って特に感じるのが、今まで大先輩の方々が海外でご活躍されていたり、貢献されてきたからこそ、私たちのような実績のないベンチャー企業が海外に行っても、日本の企業だということで2割~3割増で信用してもらえること。やっぱり、アドバンテージとして、それは大きいですね。

日本のいいところは、相手のためにお役に立てることは何かという出発点があって、自分たちの事業を海外に広めているような……単純に儲かればいいとか、そうではないところに軸があると思います。だから海外の方々に感謝されていると感じますね。

そして、逆にその信用を潰しちゃダメなんだということも海外に行くと思います。

小田 海外で活躍されてきた多くの日本人の先人たちの信用が、今の日本人の信用の土台になっているんですね。

山﨑 海外にチャレンジできるというステージに僕がせっかく立てたんだったら、どんなことがあってもやりきろうというような気持ちがありましたね。

それに「人口増加で新しい産業を作りたい」とか、「ぜひうちの国で素材を作ってほしい」とか必死になって言ってくる各国の方々の姿を見たときに、何としても実現したいという思いが芽生えたというのはありますね。だから、そういう事業に出会えたら、とことん世界を視野にやってみようと思っていました。

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小田 プラスチックの代替製品としての「LIMEX」の開発は順調ですか?

山崎 うまくいっているところもありますし、苦戦しているところもありますというのが実情ですね。これはどうあがいてもたどり着けないだろうというハードルでないところまではきています。

会社としてもステージが変わりました。代理店ではなく、自社で工場を作り製品を世に送り出していきながら、グローバルに挑戦していくフェーズ。エネルギーとか使う素材とか、いろんなことを将来的には考えてやろうと思っています。

そして、以前までは「木切らんと、水使わんと、土食ってるからええやないか」と、がむしゃらに突っ走ってきましたが、今は自分たちがやっていることをグローバルで見たときにどれくらい大きく貢献できているかを可視化しようとしています。それがすごく遠い未来であろうと、遠い国であろうと。

小田 海外ではどんな国に貢献できるとお考えですか?

山崎 世界には日本みたいに恵まれた環境で何もかもが行き届いた国ばかりではありません。だからこそ、日本みたいな国が今後その姿になれる国に技術で貢献していきたいです。

例えば、日本は年間1人200kgくらい紙を使います。インドでは現在30~40 kg、中国では50 kg~60 kgです。つまりこれは200 kgに需要が伸びていく産業になり得るので、初めからLIMEXを使っていくというのが私たちがやりたいことです。

そうなると、それだけ紙を作る水も必要だし、現在は受給のバランスが合っていない。今回私たちが開発した素材がその隙間を埋められるような存在になれればいいなと。そして、この事業を通じて、先程もお話しましたけども、考え方がグローバルで広がるといいんじゃないかなと思っています。

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小田 今、事業がパブリックな形になっているので、期待に応えなきゃというのもあるでしょうし、自分たちで変えてやるんだという意気込みもあると思うんですけど、特に焦りとかはないですか?

山崎 事業計画は立てているので、その予実というのはどこの企業も当たり前で、絶対にプレッシャーですよね。責任に対する重さというのは生涯あります。私たちもたくさんの株主さんがいますけども、一人ひとりが意思決定してくれたときの瞬間、瞬間というのは全部、感謝と責任に変わります。

小田 宮城県白石市に最初の工場が完成してから地元は変わっていますか?

山崎 すごく喜んでくれていると思いますよ。宮城の工場に海外から視察団が来て、その国で5年後、10年後に自分たちが作った素材が当たり前のように使われている姿を想像すると興奮しますよね。地元の人たちも、自分たちでこれから作り上げている感はすごくあると思います。

白石工場起動式

白石工場起動式

小田 工場もできてこれからどんどん社員の方も増えていくとおもいますが、最初スタートした時は何名くらいだったのですか。

山崎 輸入したストーンペーパーで事業を行っていた時は5~6名だったかな。今は、違う会社から転職してきているメンバーも多く、この間、初めて新卒女性も2人入ってくれました。世の中に貢献したいという貢献欲が強く明るい子たちです。

そういった意味では目配り、気配りではないですけども会社として、TBMのメンバーとして、こういうことをやっていこうという指針はあります。

例えばメールは24時間以内に返すとか基本的なことですけども、挨拶とか、感謝する気持ちを伝えるとか。そういったことを全て仕組みにしていこうとしています。どこかで誰かと会って、その人が見せてくれるコミュニケーションの中でそつのない気配りや、おもてなしを受けたら、それを仕組みにしようという意識が働き出すので、それは当社のウリにしたいと思っています。

それを自分たちで自信の持てるものにして、仕組みごと海外に持っていきたいというのはありますね。それが一番日本の「いいね!」じゃないかなとも思っています。

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小田 優れた製品だけではなく、関わる社員の方のふるまいもセットにということですか、おもしろいですね!

山崎 やっぱり自分じゃない人が求めているものに応えようとか、考えようという習慣はすごくビジネスをする上でも武器になる。それを私たちのメンバーには習慣化させたいです。

「○○さん、喉渇いているじゃないかな」とか「○○さんは今日体調悪いので、何をしてあげればいいのかな」とか、そういうのもひっくるめて、日々自然とうちのメンバーはやれるようにしています。それを、海外の人もやれるようになったら素敵じゃないですか。そういうところのもてなしや繊細さは日本が世界で一番だと思いますね。

小田 通常「仕組み化」や「ルール」と言われると、縛り付けるイメージがありますが、それが決して目的ではなくて、次の未来を明るくしたり、次のTBMの財産にするためにという思いが根本にあるんですね。

山崎 ステージが変わっていった時に、自然と自分を見つめる時が来る。先輩方の話を聞いていると。結局、上場したりとかグローバルになったりとか、そうじゃなくても、技術系の開発会社だし、判断軸にしていくのは絶対大きな挑戦、大きなリスクを伴うとは思いますけど。そういうことに僕が関心がなくなったりとか、臆病になったら、僕は去らないといけないと思います。

現在は優秀なメンバーが入ってきて活躍してくれていますけども、まだまだ、私が引っ張っていかないと、という気合もあり、逆に迷惑になっていると思ったら去りますね(笑)。
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小田 山崎社長が一番ピンチだったのは、何歳のどういう局面だったのですか。

山崎 いっぱいありますが、しぶといんでね(笑)。ピンチは諦めたことはない。客観的に見たピンチはやっぱり、2013年の2月に補助金の採択がおりる一年前ですね。

2008年からずっとお金が出ていきっぱなしだったからね。普通だったら会社が潰れています。それでも諦めないと思っていましたし、人にこれだけ迷惑をかけて続ける意味があるのかというのは思っていましたし、そういうことで、自分を保つのにピンチだったというのはあったと思う。

それでも、もっと大きな成長をフルスピードでやっていく。それは焦っているとかではなくて、確実にやっていきます。僕は全然満足していないのですよ。

小田 2020年のオリンピック、パラリンピックですが、そこに向けてあるゆるビジネスの側面で「2020」が標語になっています。御社の「2020」はどんなイメージでしょうか?

山崎 やっぱり、あの東京オリンピック、パラリンピックで使われる素材がLIMEXというのはチャレンジしたい。それを見た海外の人たちが自分の国でも!と思ってもらいたいですね。

遠くない未来の話だからね。うちの会長が2020年のオリンピックで、うちの素材が東京オリンピックで当たり前に使われているのを見て、涙するという姿は僕の頭にはあるんです。

小田 エジプトでパピルスから生まれた植物由来の紙が何世紀にも渡って世界の文化を支えてきたように、日本生まれの「いいね!新素材=LIMEX」が新たな歴史や文化を作り、世界に広がっていくことを心から期待しています。本日はありがとうございました。

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Profile

山﨑敦義(やまさき・のぶよし)

1973年生まれ。20歳で中古車販売業を起業後、複数の事業起ち上げを行う。2011年に株式会社TBMを設立し石灰石からつくる革新的新素材『LIMEX(ライメックス)』を開発。現、株式会社TBM 代表取締役社長。TBMはTimes Bridge Management の略で、同社の理念である「時代の懸け橋となる企業」を表している。2014年ニッポン新事業創出大賞「復興賞」、Job Creation 2015「特別賞」、Japan Venture Awards 2016「東日本大震災復興賞」受賞。

構成・文/松田然 撮影/Aaru Takahashi

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