海も山も歴史も金目鯛も!カラフルな個性の集まりが下田らしさ
いいね!JAPAN編集長 小田実 × 下田市長 楠山俊介

海も山も歴史も金目鯛も!カラフルな個性の集まりが下田らしさいいね!JAPAN編集長 小田実 × 下田市長 楠山俊介

 

小田 「いいね!JAPAN」では、日本のいいね!を紹介しており、今回は下田の「いいね!」なところをお聞きできればと思いまして。市長はたしか下田生まれ下田育ちですよね?

楠山 そうですね。下田で生まれ、学生の頃から9年ほど離れてから、また戻ってきました。前職は歯科医なんですよ。ちょうど30年下田で開業し、ご縁があって歯科医を辞めて市長になり3年が経ちました。

小田 30年も開業されていると、支持者の方も患者さんだったりすることもありますね?

楠山 逆に歯科医を辞められて困るって方も多くて(笑)それもありがたいと思いますけどね。

それで、下田についてですが、伊豆半島の真ん中に天城峠があって、これが北と南の往来の大きな壁だったわけです。そういう意味からして、下田のある南の方は北とはまた違って少し閉鎖的なところもあります。

それでも、周りが海なので漁業が栄え、里山の方では農業が栄え、行政区の中心として国や県の施設も全部揃っていて、銀行や郵便局、大きな学校もあり、色々なものがバランスよくあります。

昭和36年に伊豆急行線、鉄道が下田まで開通され、国道もきれいに整備され、そして39年に新幹線。そこから観光地として……だけど、もともとは観光地ではなかったため、そこからどうやって観光地として変わっていけるかが伊豆地域の大きな展望としてあったわけです。

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小田 なるほど、もともとは観光地ではなかったんですね。市長が考える理想の観光地とは?

楠山 まず観光産業というのは、サービス産業として旅館や飲食、交通、あるいはレジャー施設という分野がずっと盛り上げて来た時代がありました。けれども、基本的に観光というものを上手に整備していくと、”町そのものの姿” という考え方を持たないと本当の観光はできないかなと思っています。

小田 観光のために町を作るのではなくて、ですね。

楠山 そうです。「観光栄えて地域滅びる」という言葉があるように、お客様を迎える、お客様のためにっていうようなことの中で、地域の人たちが我慢したり、地域の良さを逆に潰していくこともあるのです。

例えば景観なんかもそうですよね。お客様が来るなら奇麗な景観を壊してでもマンションを作ろうとか、そういう時代というのがどこかであったんですよ。

そのため、下田では観光というのは町そのものだよねという意識になってきました。そして、町の総合産業だし、地場産業だし、循環型の経済を作るものなんだよっていう意識を持って、町の人それぞれが、自分がどういう役割を担っているのかを認識する必要があるのかなと思っています。

小田 なるほど。市民一人ひとりが役割を担うという意識づけが大切ということですね。

楠山 以前「あなたは観光に関わっていますか?」というようなアンケートを取った時には、関わっていると答えたのは半数以下でした。それがちょうど30年くらい前だと思います。

その頃は、まだ観光というのは、例えば農業の人からすれば我々には関係ないんだと。観光というのは旅館の人たちがやっている話でしょ。飲食業の人たちがやっている話でしょと。商業の人も極端なこと言ったら観光に来た人たちが買い物しないと関係ないよ、みたいな。

そのため、観光の下支えをしている農業や水産業もあってこそ観光というものが成り立っているっていう意識を持って行くのにこの30年を費やしました。そういう考え方をきちんと市民に持っていただきたいというのが市長としての私の最大のテーマなんですよ。

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小田 パンフレットにも “開国の町・下田” とありますが、幕末に黒船が来て日本の開国はまさにこの地から始まったという、下田は日本人にとって特別な場所ですよね。

楠山 下田が時代の流れの “一番目” を担ったことから日本の歴史というのが進んでいったということもありますね。

また当時の資料を見させていただくと、下田の方というのはかなり友好的にペリーの兵隊さんやタウンゼント・ハリスさんと接していて、少なくとも彼らは、3年は住んでいたわけですから、そういう中で友好的にしていたということ、あるいは景観の良さだとか、マナーの良さだとかを褒められています。

小田 今、いわゆる “爆買い” 中国人の方が銀座ですごい買い物をしたりとか、最近ではタイ人の人も増えていますが、現在の下田でのアジアの方とかヨーロッパの方とかアメリカの方だったりとか、観光という意味で流入の属性としてはどうでしょうか?

楠山 下田には60年くらい前から欧米の方が来ていましたね。東京などの首都圏で外資系企業などに勤務されていた方だと思いますけど、こちらの海や綺麗な浜のところに別荘を建てたりして、私が物心つくころからそういう方たちが海岸へ遊びに来ているという光景がありましたね。特に、リーマンショック前までは別荘がどんどん増えていきました。

ですから、ある意味位置的関係からすると、ニューヨークに勤務の人間がマイアミあたりに遊びに行くみたいなね、そういう距離感みたいな部分があって、車で来られたり電車で来られたり……。

しかも、彼らは歩くってことが苦ではなく、むしろ楽しむんですよね。そのため、駅に降り立って、3〜4キロ先であっても歩いて色々楽しんでいます。あるいは海を楽しんでる人やランニングやウォーキング、ゴルフなどを楽しんでる人、昼から食事をとりながらおしゃべりなど、かなり欧米の方たちは1日を楽しむことが上手ですよね。それがリーマンショック以降にまったくいなくなり、現在はまた復活してきて、かなり多くなってきました。

そこにプラスして日本的なインバウンド施策として台湾の方が多くなり、やっぱり中国の方たちが多くなりましたね。ただし “爆買い” できるような施設があるわけではないので、東京なり名古屋なり静岡なりを拠点としたときに、そこからオプショナルツアーで来るような、そういう層の方たちが多いみたいですね。

小田 IターンとかUターンとか、移住はどうなんですか?

楠山 移住する方は、田舎に住みたいという意識もあると思うんですよ。私たちからすると便利な場所の方が移住しやすいでしょって思うんですけど、移住する人っていうのはまだポピュラーになってないからこそ、自分はそういうところに住みたいという想いもあったりします。

下田の場合は中途半端に田舎じゃないところがあるんですよ。伊豆の南地域の都市的なところですから、そのへんがその人たちにとってちょっと受け入れられていないのかなと思うところもあります。

ただ、ここからちょっと離れれば下田においても里山はあって、十分そういう環境にできるんですけどね。

そのためにも、まず交流人口という観光客に、ともかく来ていただくような形を作りたいですね。

そして、何度も何度も来ていただくファンをつくること。そうするとここで住みたいなとか、二居住とかがあるじゃないですか。東京と下田とで頻度を多くしたり。半分住んで東京に半分みたいな。そういう中で、ここでこんな仕事できるよねとか、そういうようなことを探っていってもらって、交流人口を定住人口にしていく。

こんないいとこなんだからここに住んでみたいよねっていうところに持っていくってことが、この下田の人口の増やし方というか、盛り上げ方の1つかなと思うんですよ。

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小田 交流人口を増やし、定住人口を増やしていく、まさに定石ですね。今一番の課題というのは何ですか?

楠山 下田の場合、先ほど申し上げたように海に関しても山に関しても、あるいは歴史、食べ物も、そういうものひとつひとつ捉えると、本当にいいものがあって、私としてはいつ来ても何度来ても楽しめるのが下田なんですよ。でも、逆にものがありすぎると……。

私がよく言うんですけどね、いろんな色があるんですよ下田には。いろんな色があるのを近くで見るといろんな色があって綺麗じゃないですか。でも、引いていくと色が霞んでくるじゃないですか。何か “もやっ” とするでしょ。それが私は下田のいいとこでありながら悪いところでもあると。

ですから、下田に来ていただいて、近くでいろんなものを見ていただく、接していただくとなると、本当に下田の良さをわかっていただけます。そういう意味からすると、下田っていうのはリピーターが多い町なんですよね。ただ、東京など都心から下田を見ていると、色が見えてこない。これだ!というものが。

小田 東京から見ていると下田の像がぼやけてくるということですか?

楠山 そうそう。ある意味これしかないっていう町は、赤なら赤色しかないんで、遠くから見ても赤色に輝いて見えるわけなんだけど、下田はいろんな色があるので、接すると良さは最大限なんだけど、外に対する情報発信としては何色なのって問われたときに霞んで見えるじゃないですか。

小田 今、各県のPRでもそうですよね。香川県が “うどん県” って言ったりしてますね。

楠山 よそのこというと悪いんだけど、例えばね麺類を売っている場所っていうのは基本的には産物のとれないところですよね。やっぱり一番豊かなところっていうのはお米が取れるとこ。それを小麦だとか蕎麦だとか、そういうのに切り替えているところは土地が肥えていなかったり、そういう耕作をする場所があんまりなかったりっていう。でも、蕎麦ですよ、うどんですよ、ってやるとそこだけ光るじゃないですか。米も新潟は米ですよって言うと光る。じゃあ下田は何っていうと、お米はあるけれど、新潟ほどでもなくて。お魚もそれなりにいろんなものが取れるんですけどね。

ただ、今は特に金目鯛。水揚げ日本一ということで日本の7割の水揚げをし、これを昔から下田のブランドで首都圏では食べられていて。その辺では金目という部分では大きく売れるようになり、ここ十何年の中で下田で金目鯛を前面に出すということが定番になってきました。観光に来るみなさんも第一にそれを言ってくれるようになったんですけど。

名物金目鯛の煮付け(魚料理 いず松陰)

名物金目鯛の煮付け(魚料理 いず松陰)

 

小田 それは市の施策としてそのようになったんですか?それとも民間主導なのでしょうか?

楠山 民間でいろんなことをやっていた時に、市の補助金をいただいて、1999年から2年にわたって「金目物語」っていう事業を起こしていました。

小田 それが功を奏して今もずっと続いてるわけですね。

楠山 そうですね。だから金目鯛自体は首都圏では評価されていて、産業として大きかったですね。

実は、昔は「アジ、鯖、金目」と言って、獲れて獲れて、猫でもまたいで行くくらいの価値のないというか、当たり前の魚だったんですよ。今はあまり獲れず貴重な魚ですけど、そういう時代もあったんですね。

小田 東京から下田に来た人からすると「下田の金目鯛がうまいぞ!」と。下田では当たり前のことが宝になったということですね。

楠山 そうなんですよ。金目鯛はこんなに価値があるじゃないですかと。金目鯛の料理を披露したり、金目鯛を出すお店を紹介したら、ちょうど上手にマスコミの方も取り上げてくれましたね。

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小田 さっき市長のおっしゃっていた、下田らしさは、一言でいうとどういうところに凝縮されていますか?

楠山 私は先程言った下田らしさは、バラエティつまり、”カラフル” っていうのが下田らしさだと思うんですね。

そのカラフルさはどうしても近くに来ないとその良さが見えないので、外から下田を見せるために、カラフルさの中からわざと何を特化させて外から見やすい色とか形にするかっていうのをしなきゃいけないと思っています。

それで金目鯛っていうのを特化していって、下田といったら金目ですよねって言われるようになっていくのが1つだろうなと。

ただ、金目鯛だけでは弱いんで、そうすると先程言った開国とか、黒船とかいう部分を特化するのも良いかもしれませんが、歴史の教科書的に書いていることが今の人たちにはなかなか……とも感じますね。

小田 カラフル下田みたいなのもいいですね。カラフルさっていうのをアピールしていく。

楠山 私は下田にはそういう要素があると思っています。それは東京に比べればカラフルさのレベルは低くても、この半島の先端の田舎町にしてはすごいですよと。

この町も、海も山もそうですけど、歩き目線で見てもらうような仕掛けをしないと下田の良さというのは伝わらない。下田は車で移動するより歩いたほうがいいと思っています。

小田 確かにそれは言えますね。ペリーロード歩きましたが、とても良かったですよ。あの良さは車ではわからないですね。

柳と川のコントラストが美しいペリーロード

柳と川のコントラストが美しいペリーロード

楠山 下田の町の人はあんまり歩くってことに対して興味ないんだけど、よそから来られた方はやっぱり楽しんで歩いているんですよね。それはやっぱり歩くっていうことの空間がそのまま残っていて、それがなんとなく醸し出すんだと思うんです。

例えば、ちょっと見てもらうと、何箇所かずれている交差点があるんですよ。四つ角が。これはわざとずらしてあり、要するに矢を通すのを防いでいるんですよ。ここが戦いの場になったときに、逃げるとかしたときに矢が通らないように。それでこういうのも全部残してあるんですよ。

だから、車なんかで走ると狭くてえらい不便なんですが、人が歩く分にはものすごくいい空間になっていると思うんです。

小田 本当に見どころが凝縮されていて、いいなって思いましたね。

楠山 だから先程言ったバラエティさの部分があるのかなと思います。それで観光局や若い人たちが考えて、下田を30のテーマに分けて作ったのが「下田30 COLORS PROJECT オリジナルリーフレット」です。今後も新しいテーマができたら追加するようなかたちにしていこうと思っています。

これが昨年、総務省の地域活性化センター主催の自治体のパンフレットコンクールで優秀賞をいただきました。今度は英語版と台湾版を作って、インターネットでも発信しはじめたんですよ。

下田30 COLORS PROJECT オリジナルリーフレット

下田30 COLORS PROJECT オリジナルリーフレット

 

小田 日本には47都道府県あるけど、それぞれのいいところが全部下田にあって「47カラー」くらいまでいきそうですね。本日はありがとうございました!

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Profile

楠山 俊介(くすやま・しゅんすけ)
1954年(昭和29年)6月4日下田市生まれ 61歳

学歴
下田市立朝日小学校 卒業
下田市立下田中学校 卒業
静岡県立下田北高等学校 卒業
城西歯科大学(現:明海大学 歯学部) 卒業

職歴
1982年(昭和57年)3月 下田市吉佐美に楠山歯科医院を開業
2012年(平成24年)下田市長就任を機に廃院

役歴
(元)吉佐美幼稚園PTA会長
朝日小学校PTA会長
下田中学校PTA副会長
下田北高校PTA会長
朝日地区青少年育成会会長
第24代(社)下田青年会議所理事長
伊豆新世紀創造祭住民参加システム研究会会長
伊豆新世紀創造祭下田実行委員会部会長
NPO法人下田にぎわい社中代表理事
(現)NPO法人エヌピーオー伊豆理事
下田市都市計画審議会委員
(福)伊豆つくし会理事

好きな言葉
士の道は義より大なるは なし。
義は勇によりて行われ 勇は義によりて長ず。
(吉田松陰 士規七則より)

取材・文/小田実 松田然 撮影/河谷俊輔 撮影協力/魚料理 いず松陰 写真提供/下田市

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