伝統本玉露の故郷、八女市を尋ねて
福岡県八女市矢部村

伝統本玉露の故郷、八女市を尋ねて福岡県八女市矢部村

その甘みと香気から、お茶の中でも格別とされる玉露。さらに伝統本玉露「八女茶(やめちゃ)」は、最高級品種として、全国に名が知られています。

日本に製茶技術と喫茶習慣が広まったのが、今から800年前となる1195年。栄西禅師が、1195年に福岡県と佐賀県の県境に近い脊振山にお茶の種を撒いたことから始まります。その後、伊勢・京都・駿河とお茶栽培は広がっていきますが、福岡県はお茶どころとしてのイメージは薄いのが現状です。

標高600mに広がる原島さんの茶園

標高600mに広がる原島さんの茶園

「八女茶」の故郷、福岡県南部に広がる九州最大の平野、筑紫平野の筑後川から矢部川流域(八女地方)は、お茶栽培に理想的な気候風土。ここに15世紀前半、周瑞禅師が中国蘇州・霊厳山より茶樹の種を持ち帰り、八女の黒木町に霊巌寺を建立してお茶の製法を広めました。今では、全国6位となる福岡県のお茶生産のうち、9割を八女市が占めています。伝統本玉露の生産においては日本一。全国で楽しまれている伝統本玉露の半分は、この八女地方でつくられたものなのです。

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霊巌寺にたつ『茶祖』周瑞禅師の像。手には茶の実を持っている。

八女の中でも最も奥に位置する矢部村。その中でも最も標高の高い場所でお茶を栽培する原島さんの農園を訪ねてみました。

お茶の味の決め手のなる若芽の生育の話しをする原島さん

お茶の味の決め手のなる若芽の生育の話しをする原島さん

そもそもお茶の樹は、標高1,000メートル以上の高山地帯に自生する植物。これを平地で育てるのは正真正銘『無茶』な話で、低地での茶樹は病気・害虫等に弱い。そのため、大量の除草剤・殺虫剤等の農薬を畑やお茶の樹に散布するのが一般的となっていますが、飲む消費者側からすれば、これほど危険な事はありません。そこで、原島さんは極力農薬を使わない栽培を実践しています。

原島さんに新茶を入れてもらいました。荒茶と言う仕上げ前の新茶と製品として最終工程まで至ったお茶を比べてみます。

若干青っぽく華やかな香りの荒茶

若干青っぽく華やかな香りの荒茶

荒茶は若干青っぽく華やかな香り。味わいは、わんぱくな感じ。対して、製品として仕上がったお茶は、より穏やかな少しミルキーな感じも覚えます。熟成を経てバランスが良く、旨味・甘味・渋味が調和されています。

若干青っぽく華やかな香りの荒茶

熟成を経てバランスが良く、旨味・甘味・渋味が調和された製品となったお茶

日本のお茶市場は、新茶贔屓一辺倒な状況ですが、品質の良いお茶に限っては秋口からが味の本番。これは日本酒で言う「ひやおろし」にも通じるロジックで、味が円熟し、旨味が極まるのです。お茶の健康への影響をみても、江戸時代の医者、貝原益軒の著書「養生訓」には、「新茶は茶気が強すぎ、体に負担が大きい。一夏超えて落ち着いたお茶を飲むのが最善」とあります。

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次に訪れたのが、17世紀初頭の創業という福岡県内で最古の茶商、許斐園(このみえん)。1923年に「八女茶」と言う名前を考案した、いわば「八女茶」ブランドの生みの親でもあります。こちらではお茶の販売はもちろん、八女茶の歴史をひも解く展示も行っており、19世紀末にロシアへ和紅茶を輸出した際の箱や伝統的にお茶を仕上げる焙炉(ほいろ)や石臼等も見られます。店舗自体も白壁造りの古民家で味わい深い。

『八女茶』ブランドを生み出した老舗茶商の許斐園店舗

『八女茶』ブランドを生み出した老舗茶商の許斐園店舗

八女市内の和菓子屋さんにはお茶のアテも沢山!

八女市内の和菓子屋さんにはお茶のアテも沢山!

著名なブランドに弱い市場原理によって、八女のお茶は「宇治茶」等のブランドで販売されていました。全国的に知名度が上がったのはわりと最近のことです。茶葉のクオリティーに加工技術の向上が重なり、平成19年度の全国茶品評会では、玉露の部の1位から26位までを独占。他産地を圧倒しました。この時より「八女茶」の名は、玉露の中でも最高級としてのブランドを確立したのです。

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八女市内には、「白壁通り」と言う昔ながらの町並みが残っています。元々、城下町として伝統工芸品で栄えた歴史があり、散歩するだけでも興味は尽きません。まさに、日本のいいね!を体感出来る場所です。

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取材・文/ブーラフ・ドミトリー 撮影/ブーラフ・ドミトリー、小松正樹

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